一般社団法人 貞山運河ネット設立趣意書
弓なりに長く延びる海岸線に沿って、貞山運河は静かに水をたたえている。
400年前の藩制期から、明治時代まで約270年にわたって造られた日本最長の水路である。先人たちは夢を追い、これほど壮大な歴史遺産をこしらえた。宮城県に暮らす私たちは、この土地の澄んだ空気を吸い、そこで取れたコメを食べ、豊かな恩恵を受けてきた。昔日の地元のことを知らずに、今を語れないし未来の夢を描くこともできないだろう。
2011年3月の東日本大震災によって、運河とその周辺は痛々しい姿になった。それから月日は流れ、新しいまちづくりが始まり、人々の歓声が戻りつつある。私たちはふたたび、悠久の流れを目にしている。周辺のまちづくりには全国からの義援金など多大な復興資金が投入された。「これまで受けた恩義に報いるためにも子どもたちや後世に素晴らしさを伝えていきたい」「貞山運河に新しい命を吹き込み、震災からの復興のシンボルにできないだろうか」。その掛け声の下、名取市の閖上地区に根を張る人々と行政、民間組織をはじめ、仙台市の企業、市民団体と町内会、塩釜市の有志などが集い、「貞山運河ネット」を発足させた。幸い、運河の周辺には、港朝市などにぎわいの拠点や観光果樹園、温泉レストラン、農園、スポーツ公園、震災遺構などが張り付いてきている。渡し舟の発見イベントも恒例になっている。こうした一つ一つの「点」を結び付け、連携を進めることによって「面」の広がりを持たせたい。周遊バスなど人々の足となる交通ネットワークを結んで行き来しやすくし、循環できるようになるといい。食文化や商業施設の経営、水に親しむリバーフロントなど、それぞれ得意分野を持つメンバーは、強みを生かしたイベント開催やプロジェクトを通じて、その一翼を担うことができる。貞山運河ネットは、緩やかなプラットホームの役割を担い、メンバー同士の情報交換やお互いの活動支援、助け合いの場として地域の役に立つ存在に成り得る。
かつて栄えた舟運をよみがえらせるため、仙台市内の新堀を浚渫して駆動式の小型船を周遊させたらどうだろう。名取市側に就航している遊覧船と相互に乗り入れ、阿武隈川河口から七北田川河口まで舟遊び体験を楽しめたら夢は広がる。それには船着き場の整備など行政の支援も必要となる。
公共工事のようなハード面を整えて経済効果につなげる一方で、息づいた文化や歴史、風土、自然環境などソフト面にも目を向けたい。浜に伝わる暮らしや独特の食文化、民話を語り継ぎ、さまざまな生き物や植生の観察会を通じて子どもたちの学習に生かせたら、意義深い未来へのメッセージになる。
震災後に松林の植樹が盛んに行われるなど、観光素材としての貞山運河の魅力は計り知れないものがあろう。閖上の海の幸、観光果樹園で取れる食材に加えて、渡し舟の運航、塩釜神社など歴史のある文化財といった素材を観光インバウンドの目玉にすれば、全国から人を呼べる地域になる。
今こそ、グランドデザインを描き、創造をたくましくする時である。貞山運河流域一帯の舟運、体験型観光、まちづくり、学校教育との連携を旗印に掲げ、地域再生の発信地にしていきたい。もともと日本一の規模という優れた逸材である。全国から注目が集まるのは間違いない。貞山運河ネットは官民一体で前進していくためのエンジンの役割を果たしていく。